|||月の涙|||

本当の供養とは、故人を思い出す時に明るい感謝の気持ちで思い出すこと。それが故人の居る魂の世界に届きます。悲しい気持ちで思い出すと、その気を受けた故人はおいおい、大丈夫か? と、心配する事になります。笑顔と感謝のキモチを忘れずに☆

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昨日は2ケ月ぶりの外来でした。
いつものようにDに娘を託し8時過ぎに自宅を出ました。
病院に到着したのは8時40分くらいかな。
それから受け付けを済ませ検尿・採血。
採血結果がでるまでだいぶ待たねばなりませぬ。

そんで、昨日はエントランスホールにあった本をお借りして待合で読んで時間を潰していたのですが・・


診察直前までずっと号泣どばーっ (┬┬_┬┬)
読んでいた本というのは「愛してるよ、カズ」という小児ガンと闘った光武上総(かずさ)くんの闘病を母・光武綾(りょう)さんが書いた本。
カズくんは7歳とういう若さでこの世を去った。

カズくんは小児ガンを2001年(当時2歳)で発病し2006年まで闘った。
私がSLEを発病したのが2000年の8月でその後は姫路へ越すまで月に一度の外来は欠かしたことがなかったので長崎の同じ大学病院内にいたということになる。
3階の小児病棟に行くことはなかったけれど、どこかですれ違っていたのかもしれない。
レントゲン室で。ロビーで。売店で。
カズくんが元気なときに出かけたという場所も私がよく知ってる場所ばかりで地名や学校名なども知っている。
私が入院していた11階の病棟は奥に無菌室があり抗がん剤治療中の患者さんたちがいつも大きな色とりどりの点滴をガラガラとぶら下げて病室の前を通っていったし、お風呂で一緒になったりもした。
夜中に先生たちがバタバタと走る足音も何度となく聞いたし、次の日部屋が空室になっても誰も何事もなかったかのように病院内の時間はただ過ぎていった。
どこかでそんなドラマが繰り返されていることも、入院しなければ遠い遠い出来事として捉えて自分には関係のないことだと思っていたのかもしれない。
でも病院で私が見た数々の出来事はドラマなんかじゃなく、リアル。
壮絶で真剣で尊い命の証。

カズくんのことはドキュメントとして番組になって全国放映もされ反響も大きかったようだ。
私は長崎の地元TV、NCCの夕方のニュースの特集枠で時々リアルタイムで観ていた。
また文字にして読み直すと一層悲しさ・悔しさがつのる。
母・綾さんがカズくんが最後の時、自分の束ねた長い髪の毛をばっさりと切ってカズくんに握らせ

「愛してるよ、カズ」
と絞るような声で呟くと

「オレも・・」

と答えるカズくんの姿。脳裏に焼き付いて離れない。
あんなに心のこもった愛してるは聞いたことがない。
自分が母という立場になった今、一層その思いは胸をつらぬく。
たった4時間しか離れていないのに娘を抱きしめたくて一刻も早く会いたくて仕方なかった。
命の尊さ、大切さ、カズくんが教えてくれたこと、胸に刻むようにページをめくりは涙がこぼれあふれた。
忘れないからね。カズくん、ありがとう。

・・と、これを書いている今も思い出し泣きしていたり(T-T)

で、診察はというと特に変わり無し(笑
採血の結果でSLEの指標としていつもC3とDNA抗体しか出てないので先生にC4とかCH50は診ないんですか?と尋ねたらC3で十分活動性はわかるから、と(^▽^;)
もし悪化とか入院とかなったら全部出すんだろうけど。
ちなみにC3は 60↓ (正:65~135)
Ig-Gは 2810↑ (正:870~1700)
若干補体は低いけれどもまぁ横ばいということで薬もそのまま。
尿たんぱくはマイナスでした。
12月に測った骨密度の結果は平均的な若者と比較して94.9%だそうで境界値・経過観察及び予防が必要とのこと。
まだ授乳中なので離乳が済んだら「ビスフォスフォネート」に切り替る予定。

次の診察は4月1日。
って、エイプリルフールやん(笑

ウチの下の娘も小2の時に再生不良貧血で骨髄移植したんですが、入院中に隣のベッドの子が小児ガンで亡くなりました。
娘は泣いていたらしいですが、それを判らない子供達も居たはずなんですよね。
そう言う話は経験したから感動する、もしくは冷めて見る…
無菌室にも入ったし、家内中で病院に居たことも有ります。

2009.02.05 21:56 URL | はっしゃん。 #- [ 編集 ]

そうだったんですか・・
私の親友のお母さんも再生不良性貧血を発症しましたが今は随分と元気になってるみたいです。
でも元気に見えるからといっても再発の恐怖は一生つきまとうわけですし本当の苦しみは本人にしかわからないものかもしれませんね。

病気は本人も辛いですが家族もとてもしんどいですね。
けれども病気したことによって健康の有り難味とかわかるし何より‘痛みのわかる人間’として少し成長した自分もいます。

病気になってよかった、とは思えませんが病気によって学んだことは数多くありますし出会いもたくさんありました。

自分に与えられたことの中で人として成長していけたらそれでいいんじゃないかと思っています。
娘さん、元気になられて本当によかったですね。

2009.02.05 22:44 URL | パピコ>はっしゃん。さんへ #SIR.BgG2 [ 編集 ]













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